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大阪高等裁判所 昭和47年(う)641号 判決 1976年10月05日

主文

原判決を破棄する。

被告人甲を懲役四月及び科料九〇〇円に

被告人乙を懲役三月及び科料九〇〇円に

各処する。

被告人らにおいて右科料を完納することができないときは、それぞれ一日間当該被告人を労役場に留置する。

被告人両名に対し本裁判確定の日からいずれも一年間右各懲役刑の執行を猶予する。

原審及び当審における訴訟費用中、原審証人A、同Bに支給した分は被告人甲の、原審証人Cに支給した分は被告人乙の各負担とし、その余は被告人両名の連帯負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、大阪地方検察庁検察官検事早川勝夫作成の控訴趣意書、大阪高等検察庁検察官検事山重良、同伊原祐次郎連名作成の控訴趣意補充書に各記載のとおりであり、これらに対する答弁は弁護人亀田得治、同小林勤武、同石川元也、同鏑木圭介、同三上孝孜連名作成の検察官の控訴趣意書に対する弁護人答弁書及び検察官の控訴趣意補充書に対する弁護人の答弁書に各記載のとおりであるから、いずれもこれらを引用する。

なお各用語の略称は原判決が用いたものをそのまま当判決においても使用する。

控訴申立の理由一について

論旨は、要するに、原判決は被告人両名の本件線路上で立ち塞がるなどした行為は、刑法二三四条の威力業務妨害罪の構成要件に該当するとしながら、本件は日韓条約批准に反対し、衆議院におけるいわゆる強行採決に抗議するため国鉄労組員が組織的に行つた政治的目的のためのストライキとして行われたものであるが、かかる政治的目的のためのストライキも憲法二八条の保障する団結権または団体行動権に含まれると解し得ないものではないとし、本件政治的目的のための争議行為の合憲性を認め、本件争議行為の目的は正当であるとしているが、右原判決の見解は、明らかに憲法二八条の解釈を誤つたものであるというのである。

よつて原判決を検討すると、原判決はその理由「第二、当裁判所の認定した事実」の「三、本件争議行為の内容」において認定したところの、被告人らが多数の組合員を指揮し、出発予定の列車三本及び到着列車二本の進行線路上に立ち塞がるなどした行為は、刑法二三四条の威力業務妨害罪の構成要件に該当するものであることを認めたうえ、しかしながら、被告人らの本件行為は国労中央本部の指令に基づき大阪地方本部を中心とする関西ブロツクの国労組合員が組織的になしたピケツテイングを伴う時限ストであるから、これが正当な争議行為であるか否かについて検討するとして、被告人らの本件争議行為の目的はいわゆる日韓条約の批准に反対し、かつ衆議院におけるいわゆる強行採決は議会制民主主義を破壊するものであるとしてこれに抗議し、その意思を広く国民に訴えることにあつたと認められ、国鉄で働く労働者は戦時中及び朝鮮戦争中の輸送作業の経験に徴し、戦争の影響を直接に受ける職場にあり、その労働組合が本来一つであるべき朝鮮に二つの政府が存在し、激しく対立している中で、その一方を唯一の合法政府として基本的関係を結ぶことは日本国憲法の平和主義の原則にそむくとしてこれに反対するのは十分理解できるし、日韓条約によつてわが国の資本が韓国に進出し、低い賃金水準のもとにある同国の労働者を雇傭することによつてわが国労働者の賃金水準を引き下げるおそれがあるとしてこれに反対するのは、正当な組合活動の範囲内にあり、また戦前からわが国と特殊な関係にあり、かつ、南北に分裂し二つの政府を有する朝鮮との関係を基本的にどのように解決するかという重要問題を含む日韓条約の国会審議に際し、国民のかなりの層から同条約反対の声があがり、野党もこぞつて対立する中で、衆議院でいわゆる強行採決をしたことは民主主義の基本原則にもとる誠に遺憾な事態であるともいえるのであつて、これに対し国労が国民の一員ないし一団体として抗議するのは肯認し得るところであり、被告人らのなした本件争議行為の目的は正当なものであつたと評価することができるとし、さらに被告人らは右のように日韓条約批准に反対し、同条約の承認等に関する国会のいわゆる強行採決に抗議するためのストライキ、すなわち、政治的目的のためのストライキを実施したものではあるけれども、憲法二八条は団結権及び団体行動権の保障に政治的目的を有する場合を除くと規定しておらず、勤労者が労働条件及び経済的地位を含む一般生活上の地位の維持及び向上を図るためにはある程度の社会活動及び政治活動を行わざるを得ないことは否定できないところであつて、労働組合の活動のうち経済的な側面のみならず、右一般生活上の地位の維持向上の達成に必要な範囲の社会活動及び政治活動も憲法二八条の保障する勤労者の団体行動権に含まれると解すべきであり、また、労働者の賃金及び労働条件を定める法律の制定又は改廃を促進し、または反対するための争議行為のように使用者に対する経済的地位と直接関連するものであれば、たとえそれが政治的目的のための、したがつて労使間の団体交渉によつて解決できない事項、すなわち使用者として法律的ないし事実的に処理し得ない事項に属するものであつても、憲法二八条の保障する勤労者の団体行動権の範囲にはいると解されるから、結局憲法二八条の趣旨に照らすと勤労者に関係のある事項について、国家機関の処置又は非難すべき状態に対し抗議する目的のもとに、抗議にふさわしく短時間で、かつ使用者に与える損害が比較的軽微な態様でなされる、いわゆる政治的抗議ストは憲法二八条の保障する団結権又は団体行動権に含まれると解し得ないものではないと判示し、本件争議行為の目的が正当であるとしているので、この点について検討するに、憲法二八条は「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利」すなわちいわゆる労働基本権を保障しており、この労働基本権の保障は憲法二五条のいわゆる生存権の保障を基本理念とし、憲法二七条の勤労の権利及び勤労条件に関する基準の法定の保障と相まつて勤労者の経済的地位の向上のための手段として認められたものであるから、使用者に対する経済的地位の向上の要請とは直接関係があるとはいえない政治的目的のために争議行為を行なうがごときは、もともと憲法二八条の保障とは無関係なものというべきであるとするのが最高裁判所の判例(昭和四八年四月二五日大法廷判決<いわゆる全農林警職法事件>・刑集二七巻四号五四七頁、昭和四四年四月二日大法廷判決<いわゆる全司法仙台事件>・刑集二三巻五号六八五頁、昭和四一年一〇月二六日大法廷判決<いわゆる全逓中郵事件>・刑集二〇巻八号九〇一頁、昭和二四年五月一八日大法廷判決<いわゆる板橋造兵廠事件>・刑集三巻六号七七二頁)である。原判決は右全農林警職法事件の判決のなされる以前、すでに右のとおり最高裁判所の各判例が存在する時点において、なお前記のように政治的目的のためになされた本件争議行為の目的は正当であるとし、弁護人もこれを強く支持して縷述の所論を展開するので、当裁判所は本件記録及び原審において取り調べた証拠を精査したほか、当審における事実の取調を行い、その結果をも併わせて検討したのであるが、結局本件争議行為について前記各最高裁判所判例の趣意を排斥すべき事由は存しないとの結論に達した。すなわち原判決が認定したところによれば、被告人らはそれぞれ原判示のような国労の役員であるところ、昭和四〇年一一月一二日第五〇回臨時国会において日韓条約締結について承認を求める案件と右条約に関連する法律案がいわゆる強行採決されたとして、右日韓条約批准に反対し、衆議院におけるいわゆる強行採決に抗議するための時限ストライキの一環として原判決第二の三「本件争議行為の内容」に判示する所為に及んだというのであつて、被告人らの右所為は国労の団体行動としてなされたものとしても、右は日韓条約批准に反対し、国会におけるいわゆる強行採決に抗議するという政治目的に出たものであつて、原判示のような国鉄労働者の戦時中及び朝鮮戦争時における経験、国労が、日韓条約によつてわが国の資本が韓国に進出し低い賃金水準のもとにある同国の労働者を雇傭することによつてわが国労働者の賃金水準を引き下げるおそれがあるからとして、日韓条約に反対するものであることなどを考慮しても、被告人らの日韓条約批准反対、いわゆる国会での強行採決に対する抗議は、使用者に対する経済的地位の向上の要請とは直接関係があるとはいえない政治的目的のための争議行為というほかなく、従つて前記各最高裁判所の判例に従い憲法二八条の保障の範囲を逸脱した違法なものといわなければならない。もとより「現実の政治・経済・社会機構のもとにおいて、労働者がその経済的地位の向上を図るにあたつては、単に対使用者との交渉においてのみこれを求めても、十分にはその目的を達成することができず、労働組合が右の目的をより十分に達成するための手段として、その目的達成に必要な政治活動や社会活動を行うことを妨げられるものではない」(最高裁判所昭和四三年一二月四日大法廷判決・刑集二二巻一三号一四二五頁)ことはもちろんであり、たとえば右判例の事案のように地方議会議員の選挙にあたり、労働組合が、その利益代表を議会に送り込むための選挙活動をすること、統一候補以外の組合員であえて立候補しようとする者に対し、立候補を思いとどまるよう勧告または説得することも、それが単に勧告、説得にとどまる限り、妥当な統制権の行使にほかならないといいうるけれども、右判例の趣旨が労働組合に政治的目的のための争議行為を認めるものでないことはその判文上明らかである。本件において被告人らが国労の一員としてあるいは国民の一員として前示の日韓条約批准に反対し、国会におけるいわゆる強行採決に抗議する意思を表示することはもとより自由であつても、かかる政治的目的のためにストライキ(政治的抗議ストを含めて)を行うことは、憲法二八条の保障する労働基本権の行使ということはできず違法な争議行為であるといわざるを得ない。

以上のとおりであるから本件争議行為の目的の正当性を容認した原判決は憲法二八条の解釈を誤つたものといわなければならない。そして右誤りは判決に影響することが明らかである。論旨は理由がある。

控訴申立の理由二、三、四、について

論旨は要するに、原判決が本件争議行為(ピケツテイング)は、これによつて生じた損害を使用者たる国鉄が受忍しなければならないという点を除き、正当な争議行為の手段として許される範囲内のものであるとしたのは、労働組合法一条二項の解釈を誤つたものであり、原判決が本件威力業務妨害の所為についてその可罰的違法性を否定した前提をなす可罰的違法性論は、本件政治的抗議ストが現行憲法のもとにおける民主的法秩序を根底から破壊する目的で不法ないし不当な手段で行われたものでない限り、その違法性は刑法上の違法性の評価において直ちに可罰的違法性を具備するものではないとするものであるが、右見解は労働組合法一条二項、刑法三五条の解釈を誤つたものであり、さらに原判決は本件威力業務妨害の行為の違法性判断にあたり、その前提となる事実を誤認し、かつその評価を誤つた結果、本件威力業務妨害につき可罰的違法性を否定したもので、刑法二三四条、労働組合法一条二項、刑法三五条の適用を誤つた違法があるというのである。

よつて所論にかんがみ、原判決が本件被告人らの威力業務妨害の所為は、いまだこれに対し刑事制裁を加えなければならない程の違法性を有するまでには至つていないとして、結局本件のいわゆる可罰的違法性を否定したことが、所論の労働組合法一条二項、刑法三五条、二三四条の適用を誤つたものであるかどうかについて、一括して考察する。

全体としての争議行為の労働法上の評価と、その際の個々の犯罪構成要件該当行為の刑法上の違法性判断とは区別して考えるべきであつて、全体としての争議行為が違法なものであるとしても右争議に際して行われたピケツテイングがそれだけで直ちに刑法上当然に違法であるとはいえない。そこで本件の具体的事情について検討する。

原判決の判示する本件事実関係の大要は、被告人甲は国労大阪地本委員長、被告人乙は同書記長であるが、国労中央執行委員から日韓条約批准反対、衆議院における右条約に関連する法律案の強行採決に対する抗議を世論に訴えるため、宮原操車場を拠点として昭和四〇年一一月一二日夕刻から翌一三日朝にかけて一時間の時限ストを行なうべき旨の指令を受けるや、大阪地本においては、一一月一二日午後八時二〇分ころから一時間の時限ストを宮原操車場の西回り線(北発着線)及び東回り線(南発着線)において実施することとし、闘争本部長(総指揮者)を被告人甲、西回り線の現場指揮者を被告人乙と決め、その傘下の組合員を動員することとし、ストライキ予告のビラを大阪駅周辺の主要駅で再三にわたつて配布し、この動きを察知した国鉄当局は、宮原操車場構内出入口に立入禁止の立札を設け、柵の破損個所を補修してスト対策の準備をしたが、被告人両名は他の組合員多数と共謀のうえ、昭和四〇年一一月一二日午後七時三〇分ころ、被告人甲は宮原操車場客車区分会事務所内の闘争本部に入つて総指揮者の任務に就き、被告人乙は約二、〇〇〇名の組合員とともに同操車場構内機関区南側広場に集結したのち、被告人乙の指揮により右組合員約二、〇〇〇名は同日午後八時二五分ころ、同操車場駅本屋北西の西回り線(北発着線)の北走行線及び北一番線から北七番線までの線路上並びにその敷地に、南北約三七メートル、東西約一五メートルの不規則な楕円形の一団を形作つて立ち止まり、同操車場駅長三木三郎の携帯マイクによる再三の立退き要求にもかかわらず、初めは立つたまゝで、午後九時五分ころからは坐り込んで、同日午後九時二〇分ころまでの間、日韓条約批准反対等のシユプレヒコールを繰り返し、あるいは演説するなどして右線路上進行列車の進路を塞ぎ、すでに発車準備を終えて同操車場発進予定時刻午後八時二七分急行客車第一〇二号(明星)の発進を午後九時二九分まで、同じく北三番線上で待機していた大阪駅始発東京行、同操車場発進予定時刻午後八時三三分急行電車第九一一〇M号(いこま)の発進を午後九時三三分まで、同日午後九時ころに発車準備を終え同操車場機関区裏線に待機していた大阪駅始発長野行、同操車場発進予定時刻午後九時五分急行気動車第八〇九D号(ちくま)の発進を同日午後九時五七分まで、大阪駅終着同操車場北七番線到着予定、右到着予定時刻午後八時三一分普通客車第五二二号の右到着を同日午後九時二九分まで、および、同北五番線到着予定、右到着予定時刻午後八時三六分急行電車第五〇四M号の右到着を同日午後一〇時二分頃までそれぞれ遅延させたもので、右各列車の運転手は国労組合員一名、動力車労働組合の組合員三名、非組合員一名でいずれも本件争議行為に積極的に参加する意思は持つていなかつたというのである。

右事実によると被告人両名は約二、〇〇〇名の組合員を指揮して出発予定の列車三本及び到着列車二本の進行線路上に立ち塞がり、あるいは坐り込むといういわゆるピケツテイングによつて、列車の進行という国鉄の業務を妨害したもので、その各所為が刑法二三四条の犯罪構成要件に該当することは明白であり、原判決もこれを肯認するところである。

ところで勤労者の組織的集団行動としての争議行為に際して行われた犯罪構成要件該当行為について刑法上の違法性阻却事由の有無を判断するにあたつては、その行為が争議に際して行われたものであるという事実をも含めて、当該行為の具体的状況その他諸般の事情を考慮に入れ、それが法秩序全体の見地から許容されるべきものであるか否かを判定しなければならない(最高裁判所昭和四八年四月二五日大法廷判決<いわゆる国労久留米駅事件>・刑集二七巻三号四一八頁)ものであるところ、本件争議行為は公共企業体等労働関係法一七条一項に違反してなされたものであり、かつ、前示のように政治目的のためのストであつて憲法二八条の労働基本権の行使としての法的保護を受け得ない違法なものであり、従つて本件争議をなすに当つて組合員に対して争議行為への参加を強制することはできないのであつて、国労としては平穏な方法で説得ないし協力を要請することは格別すでに勤務に服している運転手に対して、それが非組合員、他組合員であると、国労組合員であるとを問わず、約二、〇〇〇名もの集団でその運転する列車の進路前方に立ち塞がり、坐り込むなどして、列車の発進、運行を物理的に阻止して、運転中止を迫る行為は、それが行われた場所、態様、時間、現に列車の運行を阻害された状況その他諸般の事情に徴すると、到底許されないところというべく、原判決の判示する本件争議に至る経緯(原判示第二の二)、本件争議の目的に国労として日韓条約批准反対等の意思を国民に表示することが含まれていたこと及びその意思を表示すること自体は表現の自由に含まれなんら不当なことではないこと、宮原操車場がいわば車輛基地であつて直接乗客が乗降する駅ではないこと、ピケツテイングに際して直接人に対する暴力が行使されていないこと、ストライキの対象とされた列車がいずれも夜行列車又は運行業務終了後の列車であること、時限ストが当初から一時間と予定されていたこと、直接列車の運行が遅延したのは五二分ないし八六分間であつたこと、国鉄の損害の程度等原判決指摘の諸事情(この点についてはなお後述参照)があるとしても、本件争議に際して行われた被告人らの各行為は法秩序全体からみて許容されるものとはいい難く、刑法上違法性を欠くものではない。

この点に関し弁護人が引用する最高裁判所昭和三一年一二月一一日判決(三友炭鉱事件)(刑集一〇巻一二号一六〇五頁)、同昭和四五年六月二三日判決(札幌市電判決)(刑集二四巻六号三一一頁)等はいずれも本件と事案を異にし、本件に適切でない。

なお、検察官の所論が、原判決に違法性判断の前提となる事実の誤認があるとして指摘する点(控訴趣意書四五丁表ないし六七丁裏)は、いずれも原判決が可罰的違法性を欠く事情として判示した事実に関するものであるが、当裁判所の見解によれば、右所論の点はいずれも犯罪成立後の情状に関する事実であつて、本件被告人らの行為が刑法上違法であること前叙のとおりであるから、右所論は刑事訴訟法三八二条の判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認の主張であるとは認められず、この点に対する判断はしない(ただ一点付言しておくと、なるほど原判示のうちに「国鉄の業務運営の阻害をねらつたものではない」との行文の存することは所論のとおりであるけれども、原判決文全体を通読すれば、本件ピケツテングは列車の発着を阻止するものであるから、右ピケツテングをなすに当つて国鉄の業務運営を阻害する意図がなかつたといえないことはもちろんであるが、原判決の言わんとするところは、そのストの目的がたとえば賃上要求ストに際して行うような客貨車の輸送自体を長時間停廃させて、国鉄に対して経済的打撃を与えることを第一義的目的とするような意味での業務運営の阻害をねらつたのではないという意味のことを述べたにすぎないものと解せられ、本件ピケツテングによる操車場内における列車の発着の遅延という業務運営の阻害の意図のあつたことは原判決も否定していないと考えられる)。

以上のとおりであるから、原判決が本件被告人らの行為が威力業務妨害罪の構成要件に該当するとしながら、刑事制裁を加えなければならないほどの違法性を有しないとして被告人両名に対して無罪を言い渡したのは、刑法二三四条、労働組合法一条二項、刑法三五条の解釈を誤り、刑法二三四条を適用すべきであるのに、これを適用しなかつた誤りがあり、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかである。この点の論旨は理由がある。

控訴申立の理由五について

論旨は原判決が被告人両名に対する鉄道営業法違反の公訴事実について、被告人らが宮原操車場構内に立ち入つた事実を認めながら、争議行為中の鉄道職員は鉄道営業法三七条にいわゆる「鉄道地内にみだりに立入りたる者」に含まれないと解する余地があるのみならず、被告人らの本件宮原操車場への立入行為は、本件争議行為に当然随伴するものとしてなされたものであるから、右争議行為に刑事制裁を加えなければならないほどの違法性が認められない以上、右立入り行為についても同断であるとして無罪としたのは、鉄道営業法三七条の解釈を誤り、かつ、労働組合法一条二項、刑法三五条の解釈適用を誤つたものであるというのである。

よつて検討するに、鉄道営業法三七条の法意からすると、たとえ鉄道職員といえども、その職務とは全く関係なく、不法の目的で立ち入つた場合には、一般旅客、公衆となんら異なるところはなく、同条にいう「妄ニ鉄道地内ニ立入リタル者」にあたると解するのを相当とし、原判示のように争議中の鉄道職員であるというだけで直ちに右の者に含まれないと解する余地があるとはいえない。

次に、原判決は、被告人両名は、前示宮原操車場を拠点とする時限ストを指導するため、他の組合員と共謀のうえ、昭和四〇年一一月一二日午後七時三〇分ころ、被告人甲においては宮原操車場客車区分会事務所に、被告人乙においては、同操車場西側を流れる東雲川にかかる機関車庫付近の橋から同操車場構内に立ち入つたことを認定しており、証拠上も優にこれを肯認しうるところ、本件争議行為は前段説示のように違法なものであり、被告人両名は右争議に際して違法なピケツトを指導実行する目的で鉄道地である宮原操車場に入つたもので、しかも関係証拠によると、国鉄当局のとくに準備した立入禁止の立札を無視し、被告人らの勤務する職場とはなんら関係のない同操車場内に、他の国労組合員集団とともに約一時間滞留する意図で立入り、立入り後も前示線路上及びその付近に集団で立ち塞がりあるいは坐り込むなどして同操車場駅長からの再三にわたる退去要求にも応じなかつたことが認められるから、原判決が認定した右被告人両名の鉄道地内への立入り行為は、いずれも鉄道営業法三七条の構成要件に該当する違法有責の行為であり、「妄ニ鉄道地内ニ立入リタル者」としての刑責を負わなければならない。しかるに原判決が前示のように被告人らの本件鉄道地内への立入り行為を認定しながら、これを違法性を欠く争議行為に当然随伴するものとして、違法性がないとしたことは誤りである。

叙上のとおりであるから、原判決が鉄道営業法三七条違反の点について無罪の言渡しをしたのは、結局、同法条及び労働組合法一条二項、刑法三五条の解釈を誤り、右鉄道営業法三七条を適用すべきであるのにこれを適用しなかつた誤りがあり、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかである、論旨は理由がある。

よつて刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄し、原判決が認定した事実に法令を適用することにより、直ちに判決をすることができるものと認めて、同法四〇〇条但書により更に判決する。

原判決の認定した事実は、原判決の理由中、「第二、当裁判所の認定した事実一、二、三」のとおり(原判決が右第二の一、二、三において挙示する各証拠による)であつて、右は被告人両名において他組合員と共謀のうえ、みだりに鉄道地内に立ち入り、不法に威力を用いて国鉄の業務を妨害したものというに帰し、右事実に法令を適用すると、被告人両名の右各所為のうち、鉄道地内への立入りの点は各鉄道営業法三七条、刑法六〇条、罰金等臨時措置法二条二項(刑法六条、一〇条により昭和四七年法律第六一号による改正前のものによる)に、威力業務妨害の点は各刑法二三四条、六〇条、罰金等臨時措置法二条一項、三条一項一号(刑法六条、一〇条により昭和四七年法律第六一号による改正前のものによる)にそれぞれ該当するので右威力業務妨害の罪につき被告人両名とも所定刑中懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法五三条一項本文により鉄道営業法違反の罪の科料と威力業務妨害の罪の懲役刑とを併科することとし、その所定刑期及び金額の範囲内で、被告人坂田正治を懲役四月及び科料九〇〇円に、同平山辰雄を懲役三月及び科料九〇〇円に各処することとし、右科料を完納することができないときは、刑法一八条二項により、一日間当該被告人を労役場に留置することとし、情状により同法二五条一項を適用して、被告人両名に対し本裁判確定の日から一年間右各懲役刑の執行を猶予することとし、原審及び当審における訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条により被告人両名に対し主文五項掲記のとおり負担させることとし、主文のとおり判決する。

(藤原啓一郎 野間禮二 加藤光康)

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